カテゴリー別アーカイブ: 【 つぶろぐ 】

日々、思ったこと、感じたことを勝手きままにテキトーに書いてます。

私がカラーセラピーをやっている理由

私がカラーセラピーをやっている理由

それは…「感動したから」に他なりません☆

初めてカラーのボトルを見たのは、2015年の5月。尊敬する師の講座を受けたときでした。

私が受けたのは「内側の確立」~自分を知る講座というもの。全4日間、足掛け3か月かけて、みっちりと自分に向き合う時間をいただきました。

この講座の中、カラーボトルを使ったワークがありました。何回か、そのワークを繰り返していく中で、自分がなんとなく選んだ色が自分の答えだとハッと気が付く瞬間がありました。くらっと世界がひっくり返るような、今まで見えていた世界が全く違った世界になったような…そう、それはまるで「奇跡」の瞬間でした。

では、なぜ、そのように大きな感動に繋がったのでしょうか?

① 「目に見えないもの」を「目で見る」ことができる

潜在意識とは無意識。目に見えないものです。それを色という目に見えるものに例えることで、取り出してみる。カラーセラピーの醍醐味はここにあるといっても過言ではありません。

私が感動した理由も、ここにあります。

自分でなんとなく選んだ色、その色の意味を考えることで、本当の答えに辿りつく。それはまさに「自分を知る」という感動でした。

 

② 答えは自分が出す

潜在意識という目に見えない世界。他のセラピーや占いの場合、セラピストや占い師の方が「今のあなたは<こう>です」、「あなたにはこれが必要です」など、相手側に「答え」があると感じたことはないでしょうか?

その点、カラーセラピーの場合は、色を選ぶのは自分。セラピストはヒントを差し出すだけ。それをもとに答えを出すのはクライアントである自分です。

これらを繰り返し体感していったとき、答えは自分が持っているということが腑に落ちます。ということは、すなわち、「自分を知る」ことで、どんなときも揺るがない自分になれるとわかります。

 

自分の人生を味わえるのは自分だけ。

自分でないものに人はなれません。

だから。

「自分を知ること」は「自分を信じる」こと、そして「自分を愛する」こと。

 

私はカラーセラピーを通して、それを伝えていこうと思います☆

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「キャリア支援者のキャリアを考える会」に参加して

2016年にダブルワークをしていたとき、ご縁のあったキャリアコンサルタントの永倉えり子先生にお声をかけていただいて「キャリア支援者のキャリアを考える会」に参加しました。

当時、仕事の方向性に迷いを抱えていた私は、永倉えり子先生にキャリアコンサルティングをお願いしたことがあります。

「世捨て人になりたい」という私のぶっとんだ自己実現像を笑わずに聞いて下さったすんばらしい先生です。先生のブログはこちら

8月11日開催「キャリア支援者のキャリアを考える会」 充実した2時間30分でした!

私はキャリアコンサルタントの資格を持っていません☆持っていないにも関わらず、キャリコンさんの集まりに参加するのもどうかと思いましたが、ここはお言葉に甘えて参加♪

キャリアコンサルタントだけでなく、社労士、カウンセラーなど様々な資格を持った方が参加なさっていました。

「キャリアコンサルタント」なんていう立派な資格を持っていたら、皆さん自信満々なのかな?と思うのですが…実はそうでもありません。これはどんな仕事でもそうです…。

今、キャリア支援の仕事は、ほぼ「助成金」で成り立っています。助成金に依存するということは、政府頼み。政府の方針が変わってしまったら、一気に仕事を失う…そんな不安と隣り合わせでもある側面があります。

さて。

私がとても興味深く聞いたのは、キャリアコンサルティングをするときのポイントでした。コンサルの中では、クライアントさんの「興味関心」「能力」「価値観」の3つが重なり合うところをお話しを聴きながらあぶりだしていくそうです。

え?「興味・関心」「能力」「価値観」???それって…これじゃん(笑)

まさに、ライフデザインセッションです☆ひゃっほい♪

 

でも…私はこれを色を使ってやるけれど、キャリアコンサルティングの中では、クライアントさんのお話しだけであぶりだしていくわけですよね…。しかも、仕事に関することのコンサルティングだから顕在意識で考えてることばかりで、本人の潜在的な部分まであぶりだすのは大変そう…。

キャリアコンサルタントにはキャリアコンサルタントができることが、セラピストにはセラピストが出来ることが☆そんな棲み分けを見出すことができた会でした。

そして。皆さんのお話しを伺う中で、私がしたいことは何か、そのためにはどうしていったら良いのかも、明確になりました☆

なお。一番、心が動いたのは「利他」という言葉自己実現とは<利他>である…。そのことをしみじみと感じました☆

***

というわけで、

ふわふわしたセラピーではなくちゃんとキャリアコンサルティングを受けたいという方は是非、キャリアコンサルティングを受けてみてください。

永倉えり子先生のHPはこちらです☆

そうではなく、なんとなく迷っている、違和感がある、あるいは自分がどうしたいのかよくわからない…そういった「なんとなく」の方はライフデザインセッションを受けてみてください☆

ライフデザインセッションはこちらです☆

※ カラーセラピーはふわふわセラピーではありません。色彩心理学に基づいた色彩療法です。

身の丈の幸せ

ときおり、何かの拍子に、ふと自分の奥底にしまいこんだものが浮かび上がることがある。

Twitterで流れてきた言葉に「身の丈」という言葉が何回もあった。そこで、浮かびあがったものを連ツイしつつ、朧気になった自らの言葉を確認すべく、かつてのブログを開いた。

 

書いた日付を横目でとらえ、もう13年も経ったのだなぁ…としみじみする。目的の記事を見つけると、13年前の私はこんな風に綴っていた。

自分の「器」以上の幸せを求めていてはくたびれてガタがくる。かといって、あまりにも小さすぎてはつまらない。自分の器を大きくすればそれなりに幸せも大きく、自分の器が小さいままならそれなりに幸せも小さく…きっと幸せって「身の丈」がちょうどいいのだろう

当時の私は「身の丈」という言葉を使いつつも、「器が大きいのが良いこと」、だから「器を大きくしよう」、そうすれば「大きな幸せが手に入る」と考えていた。

つまり。

器の大きさとは「獲得するもの」と捉え、「外にあるもの」を得ることで自分が大きくなる、成長できると考えていたわけだ…。いやはや、突っ込みどころ満載。恥ずかしい限りだ。

けれど。

今の私の思う「成長」とは、当時とは全くの逆だ。

本来の器でないもの、余計なものは削ぎ落とす。すると「器そのもの」が顕れてくる。そうして「器そのものでいる状態」が「身の丈」。その「身の丈」でいることこそが「ありのまま」でいることこそが「幸せ」だと…。

そして。

身の丈である器はなるべくいつもカラにしておくのが望ましい。与えられたものを受け取り、受け取ったものは誰かに与える。するとまた、与えられ受け取り、誰かに与えまた受け取る…。それはまさに幸せを循環させる「循環装置」だ。社会の中のその一部になれるだなんて、こんな幸せなことがあるだろうか…。

 

13年の月日は長かった。【きっと幸せって「身の丈」がちょうどいい】そう綴ったかつての自分はおそらく、「ありのまま」である幸せを求めていたのだろう。ということは…。「結局は自分で答えを持っていた」「長い時間をかけても行きたい場所には必ず辿り着く」。私が辿ったこの歳月が、ありありとそれらを物語っているではないか。

 

答えは自分が持っている。探さずとも必ず手元にある。

だから…。

「大丈夫。必ずそこに行きつくよ」

かつての自分にそう声をかけ、私は懐かしい「居場所」をそっと閉じた。

「上」にいく

「上」とは何か?

「上にいく」とは何か?

考えたことはありますか?

 

お金を得ること?

仲間を得ること?

それとも知識?

ステイタス?

 

「上」とは何か?

「下」とは何か?

ただ単に何となく

「上」とか「下」とか

あなたは言ってはいませんか?

 

本当の「上」は「自己実現」

いわゆるマズロー

いわゆる欲求

5段階説最上位

 

生理的欲求・安全欲求

所属・承認エトセトラ

 

それらの動機は全て「欠乏」

「不足」からくるものは満たされない。

 

「不足」を離れ、既に「ある」もの

「本当の私」が持っているもの

それが「自己」で それを「実現」

それがホントの自己実現

 

ただただ自然に「そうしている」もの

それこそホントの自己実現

 

私がいく「上」 私が思う「上」

それは「自分」であれば行き着くもの

 

「欲」を削ぎ落とし 己を見定め

そうであるとき 手中にある

実現している

そこに在る

 

どちらかと言えば「下」

どちらかと言えば「肚」

 

頭ではなく足でもなく

己の芯に 既にあるもの

 

ただ単にそういうもの。

 

正しい日本語を使いましょう

「お金がないと生きていけない」というのは間違い。

「衣食住がないと生きていけない」が近い。

 

「衣食住がないと生きていけない」もズレた日本語。

「衣食住があれば生きていける」が正しい。

 

ならば。

 

ホントに必要なものは「お金」ですか?

それ「衣食住」ではないですか?

 

着るもの そんなに必要でしょうか?

今、冷蔵庫にあるもの、食べきれますか?

起きて半畳 寝て一畳

豪華な持ち家 いりますか?

 

日本は少子化 若者は貧困

奨学金ローンで貯蓄ゼロ

 

<社会>が<制度>が<時代>が違う

「だから我が子は、困らないように」

大学のセンセが<非正規>なのに?

もはや【無理ゲー】 世は末も末

 

 

ホントはあなたもわかってる。

「お金がなくては生きていけない」

そんなの嘘だとわかってる。

「生きていくにはお金が必要」

それも嘘だとわかってる。

 

 

ホントに欲しいのは何ですか?

必要なものは何ですか?

 

 

ホントの望みを叶えるために

「正しい日本語」を使いましょう。

 

値段がないものは買えません

「いつ(When)、どこで(Where)、だれが(Who)、なにを(What)、なぜ(Why)、どのように(How)」という6つの要素をまとめた、情報伝達のポイントのこと。5W1Hに沿って整理し、5W1Hにあたる内容を相手に伝えるようにすると、情報をわかりやすく、もれなく伝達することができる。~コトバンクより~

いやいや私もツレ(男性)によく「は?それ、いつ?誰が?で?どうやって行くん?」って聞かれることあるので、あまり大きいことは言えないのですが…。

5W1H「いつ・どこで・誰が・何を・なぜ(はどうでもいい)どのように」したのか これをきちんと伝えるのが女性は苦手な人が多いですよね?

特に「主語」がない人。「何を」が「こそあど言葉」になっちゃう人。(お前が言うか?って声がどこかから聞こえてきそうだけど…)

私はこのブログもTwitter(あおい)も結構ふわっとした言葉で書いています。というのは、これらは単に私の「表現」だから。「好きなことを好きなように書きたい」その目的でやっている部分が多いから。(いや、もう少し「宣伝」やれよ…)

でも。

塾の仕事やその他はもちろんのこと、5W1Hは意識しています。またTwitterの裏アカでは社会系のことを追いかけていますので、読んでいても「いつ(When)どこで(Where)だれが(Who)なにを(What)なぜ(Why)どのように(How)」は基本中の基本。基本的に皆さんやっています。基本的にみんなが普通にやっています。

これが現実の世界の掟です。超男性的、論理的な世界です。(結構、鍛えられます。鍛えられています。)

つまりです。

何かを実現したいのなら、ふわっとしているばかりではダメ。理想は地に降ろすことで実現する。地に足をつけることが必要ということ☆

だからです。

宣伝に必要なのは、人を集めるのに必要なのは、物を売るのに必要なのは5W1Hです。

書いてないと 買えません

書いてないと 行けません

そして、

【 How big ?】

大きさがわからないものは 

【 How heavy ?】

重さがわからないものは 

【 How much ?】

値段が書いてないものは 買えません。

(実際、いいな♫と思っても、買えなかったので書いてます。)

なので。

女性の方で宣伝をする方や人を集めたい方は、一度、男性に見てもらうことをお勧めします☆バッサリ言われるくらいの方が、良いかもしれません^^

 

自由とは

『自らに由れば人生は最後まで自分のものにできる』篠田桃紅

 

【安全】=【拠り所がある】

【不安定】=【拠り所がない】

よって 自らの足で立つ。

したがって【地に足がつく】

 

自由というのは 制限がないこと

つまりは 不安定でもあるのだ。

 

だから

自由であるだけ あろうとするだけ

地に足をつける

確としたものがいる

 

 

その2極のバランスをとる

天と地を 統べる

それが 自由ということ

自由を手にすること